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わたしたちのこと

誕生


平成2年 バイタリティー溢れる一人のスポーツ指導員の行動からこの会は始まりました。
それまで個々の活動にしかなり得なかったスポーツ指導員の活動を組織化する必要性を痛感した彼は、本会発足までに驚異的な動きをされました。
そしてそれを支えて下さったのが、当時の県民生部障害援護課のみなさんでした。

平成2年4月28日の設立総会を経て、30余名の身体障害者スポーツ指導員を会員とする愛知県身体障害者スポーツ指導者協議会が産声を上げました。



歩み

発足当初は、県身体障害者スポーツ大会への協力が活動の中心でありました。
その後、平成4年に県障害者スポーツ協会(現 障害者スポーツ振興センター)が設立されるに至って、スポーツ指導員への各種協力要請とスポーツ協会主催によるスポーツ指導員養成研修の始まりが、本会の活動に大きな転機をもたらしました。

そして、平成6年11月に愛知県で第30回全国身体障害者スポーツ大会「ゆめぴっくあいち」が開催されるということが、さらに拍車をかけました。
「ゆめぴっくあいち」では、本会の会員30名余りがコーチとして愛知県選手団の役員に加わり活躍できたことが本会活動の大きな自信となりました。

その後も毎年開催されるスポーツ指導員養成研修では、毎年50名以上の初級スポーツ指導員が養成され、本会の会員として参加するようになりました。


(「誕生」「歩み」については10周年記念誌 「かける」より 抜粋)



今日


我々の活動は、誰にも、何にも、束縛されない、「自らの意思による 自らの活動」それは、爽快な響き。
しかし、そうした響きの裏腹には、いつ消滅しても不思議ではない、そうした任意団体としての不安定さと危うさがあるのもまた事実です。

自由であるが故に、自己研鑽と自制を課してもきました。
パラリンピックに代表されるインターナショナルな活動からすれば、ローカルで小さな存在かもしれません。
しかし、「我々の意思による 我々の活動」は、自身の障害の有る無しに関わらず、15年間にわたり、共生社会の足跡を刻みながら、歩み続けています。
 
一人ひとりの顔が見える。 そして、声が聴こえる。 老若男女、障害の有無を超えて、だれもがお互いに得るものがあると感じるフィールドが、そこにあります。


未来(あした)

「障害者スポーツ」 そんなに遠くない将来、「障害」が、とれて「スポーツ」に。
そうした願いを込めた、障害者スポーツの支援活動を。
 
「障害」とは、障害のある人がスポーツ活動を含めた生活をエンジョイする際に、その人にとって「障害になる(なっている)・・・・・・」と、いった意味で用いられているのではないでしょうか。
「ゴルフのハンデ、障害者スポーツの障害区分」実に紳士的でフェアーなルールです。
その人に立ちはだかる「障害」を軽減させるための「パーソナル補装具としてのスポーツ支援(指導)員」そして、ユニバーサルデザインの浸透を。

誰にとっても、障害のない(少ない)、社会の実現を目指して、関係者のみならず、
広くそして多くの方々と共にスポーツ活動をとおした、共生社会のモデルとしての進化が望まれます。



シンボルマーク
「かける」とシンボルマーク

指導者協議会創立10周年(1999年)を記念して記念誌「かける」とシンボルマークがデザインされました。
 
「かける」は「明日(21世紀)へのかけはし」「大地をかける」の意味で、大空を飛ぶ鳥のデザインと共に、力強く明日への希望を表しています。
 
       シンボルマークの作者は
            竹内元子さん(会員)
                 
10周年記念誌かける